アマゾンをぶらぶら眺めていて気付いた。

あの実に美しい書物、『安全・領土・人口』の翌年度の講義集成。
八月に出ていたとは。明日買いに行かねば。
笠井潔『青銅の悲劇』が全く進まない。

柳広司『ジョーカー・ゲーム』 ≪評価:4≫

ジョーカー・ゲーム
「スタイリッシュなスパイ・ミステリー」。帯に書かれた言葉が見事にこの作品を表していると思う。何より、「魔王」と呼ばれる結城という人物及びその造形が、各短編それぞれにおいてミステリ構造や影響関係を統括していて(「魔都」には出てこないが)ブレがない。やはり帯にあるように「2008年最高最強のエンタテインメント」とまで言えるかは微妙だけれど、良い作品には違いない。手法などがミステリ的に目新しいわけではないけれど、雰囲気なども含めて、この作者らしくサラリと見事にまとめられている。以下、放言。

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古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』 ≪評価:3−≫

ベルカ、吠えないのか? (文春文庫)
近年、巷で大人気、かどうかは知らないけれど、やたらと評価されているように感じる作者の、一応は出世作というか知名度を上げた作品となるのでしょうか。戦争の世紀でもある二〇世紀を軍用犬の歴史として描きなおした作品。んー、全体としては微妙、ただ面白い細部はある、といったところですか。文体は確かに音読すると面白いリズムで読める、けど言語的な面白さは大してないように感じた。
人間ではなくイヌによって歴史を書く、いわば正史ではない偽史をイヌによって書くというのは面白いけど、イヌである必然性はよくわからない(ちなみにこの部分を評価するというのは、同じ基準で伝奇小説も評価するということでいいんでしょうか。あれも一種の偽史だけど)。繁殖力の問題? でも最初にイヌ史の起源が明らかなので、結局、線的な歴史にしかなってない。冒頭から時間の外、無時間(ゼロの時間)といったものを意識していて、それが宇宙に打ち上げられたライカが体験したであろうもの(宇宙)とも重ねあわされたりという部分はあるのに、線的な=クロノロジカルな歴史に収めてしまえば、その面白さも半減する(ご丁寧に文庫版では系譜図が付されているし)。雑種性とか言っても起源が決められている以上、それは単一な台座上の複数性にしかなんないでしょう。
イヌのパートは、二人称で進んでいき、神の視点を持つ語り手がイヌに呼びかけることで展開するけれど、どうしてイヌはみんなこの語り手に「うぉん」と応えてしまうのか(しかもこの語り手はイヌを代弁する)。この辺りが非常に気持ち悪かった。呼びかけに応え代弁されるものたち=「群衆」から「市民」になることと考えれば、まぁ悪い意味での二〇世紀史だけれど、どうもこの物語ではそれが悪いこととして提示されていない。それは実はライカが宇宙に打ち上げられたときの描写も同様で、この特権的な存在とされているライカが乗った宇宙船を、物語に出てくるイヌはみんな見上げてしまう。見えないにもかかわらず見てしまうというこの構図の気持ち悪さ。語り手の呼びかけに応えないイヌ、見上げないイヌを出すべきだったと思う。
しかし物語の細部には面白い部分もある。何よりイヌになってしまうかのような、「怪犬仮面」と「ヤクザの娘」。ヒトとイヌの間に厳密に区分が引かれているこの物語において、その区分を微妙に崩してしまう彼らは非常に面白い。特に「娘」に関しては、誘拐され、時間感覚がなくなり、言語が意味を為さない状態に置かれた上で「イヌのようなもの」になる。この「ゼロの時間」と「イヌのようなものになる」ことをより緊密に結びつけて語ってほしかった。

門前典之『浮遊封館』 ≪評価:3−≫

浮遊封館<ミステリー・リーグ>
こちらも久方ぶり。自費出版の『死の命題』を除けば、『建築屍材』に続く、7年ぶり(?)のデビュー第二作。一言でいえばバカミス。しかしまぁ帯にある「怪作」という言葉が似合うか。そもそも作者にあまりトリックを隠そうという気がないのか、タイトルからして、結末近くで提示される謎など多くの人がピンとくるだろうというもの。むしろ作者が提示したかったのは、結末で明かされる事件を貫く構図なんだろう。この構図には、作者のデビュー作にすでに顕在化していた、モノとしての人間という視線がモロに感じられて興味深い(階段のやつです、読んだ人はわかるはず)。ただこうした構図だけでは、あまり本格ミステリではないと感じた作者がなんとか埋め込んでみましたといった感じの中盤における準密室殺人で、正直、別にこれはない方が作品としてまとまったんじゃないかと思いつつ。以下、全体の構図に触れてます。

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谺健二『肺魚楼の夜』 ≪評価:3−≫

肺魚楼の夜
こちらは久方ぶりですね。『未明の悪夢』以来、一冊を除いて、繰り返し阪神大震災後の神戸を舞台に本格ミステリを書き続けてきた作者による新刊。やはり神戸が舞台、しかも『赫い月照』に続くシリーズもの。
端的に言って、メインとなる事件とその解決は一時期の島田荘司を髣髴とさせるような内容であり、その後にある、一つのトリックもさしたる驚きはない。
思えばこれまでの長編作品においては、トリックが震災と不可分に繋がっていたけれど、今作ではそこが非常に弱まっているという点が物足りなさを覚えるところか。ただ異なる視点から見ると、今作ではおそらく「孤独」というものが主題となっていて、それはもちろん震災以後も生活をする人々にとって重要な問題としてあるもの。このテーマを、作者は本格ミステリの構図を用いて書き出そうとしているのだと思う(それは『恋霊館事件』でも前景化していた)。それは、「怪物」の棲家に放置される探偵役や、あるもののなかに押し込められる女子高生、生き埋めにされる女子高生など様々な形で描かれており、最後にあるトリックもまた同様といえる。シリーズ前作において、主人公である探偵はパートナーを失うことになったけれど、その「孤独」というものもここに取り込まれている。こうした点は、震災直後、ではなく、震災以後、をテーマにする、というかせざるをえない場合、上手く処理していると思う。ただその解決はあまり上手くなく、昇華しきれていないように感じる。まだシリーズは続くようなので、どのように答えを出すのかに注目(震災というものに終わりはないわけだけれど、シリーズが終わるとするならそこで安易な結着をつけて欲しくはない)。

詠坂雄二『遠海事件』 ≪評価:4≫

遠海事件
『リロ・グラ・シスタ』でなんというか微妙な曲者っぷりを見せた著者による第二作。こちらはまぁなかなかに手が込んだ作品であり、前作よりも楽しめるものでした。前作でも読者に驚きを与えるトリックを複数、準備し、それらを上手く組み合わせていましたが、今作でもそうした手法がなかなか周到にまとめられています。ミスディレクションとして使っている道具立てがあざとい、というか派手派手しいので、その辺りは好みのわかれるところでもあり、評価されにくいかも。以下、真相に触れつつ。

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