詠坂雄二『遠海事件』 ≪評価:4≫

遠海事件
『リロ・グラ・シスタ』でなんというか微妙な曲者っぷりを見せた著者による第二作。こちらはまぁなかなかに手が込んだ作品であり、前作よりも楽しめるものでした。前作でも読者に驚きを与えるトリックを複数、準備し、それらを上手く組み合わせていましたが、今作でもそうした手法がなかなか周到にまとめられています。ミスディレクションとして使っている道具立てがあざとい、というか派手派手しいので、その辺りは好みのわかれるところでもあり、評価されにくいかも。以下、真相に触れつつ。
一番のトリックとはやはり稀代の殺人鬼とされる人物が関わった事件を推理するという構成をとりつつ、その事件では殺人を犯していなかったと持っていく方法だけれど。こうしたトリックはもちろんこれまでにも先例がある。しかしそうした結末をどのように隠すかという点に非常に努力がされていて好ましい。ノンフィクション的な体裁を施し、しかし一方で作中はフィクションとして構成しているといった前書きを付けたり、首斬りというモチーフを帯で煽ってみたりと、こうした結末から振り返るとあざといと思うまでの道具立てはなかなか最近では見ることができないので。
しかもそうした道具立ては実はもう一つの驚きをもたらすための仕掛けともなっていて、前作でもそうだったけれど、このようにトリックを繋ぎ合わせるところが上手い。作品中、(作品内の)作者がコラムという形で割りと脱力するような考えを述べていくけれど(もちろんこれは先のメイントリックのミスディレクションにもなっている)、結末においてもう一つの驚きが明らかになってみると、それらがまた別の意味を持ってくる。それも現実レベルで考えるなら、おいおいと言いたくなるような陳腐な構図ではあるものの、構成という点から考えるなら冒頭の挿話からかなり緻密に構成されていることがわかる。このトリックを変に大仰に提示していないところも上手い。これは大仰に提示すると効果が十分に発揮されないものだと思う(ただ下手するとこれに気付かず読了する人がいるかもしれない。247p最初の一行目及び「おわりに」の署名、そして巻末資料にもちゃんと目を通せばすぐにわかると思うけど)。
これからも追ってみたいと思う作家、ではあるけれど、やはり問題はこの路線でどこまでいくのかという点か。ただ構成が上手いという点で考えれば、ある程度、これからも楽しめる作品を書いてくれそう。