『オックスフォード連続殺人』ギジェルモ・マルティネス ≪評価:4−≫

オックスフォード連続殺人 (扶桑社ミステリー)

まだまだ駆け出しの若い数学者である「私」は、奨学生としてイギリスにやってきた。しかし下宿先の老夫人が殺されているのを、著名な数学者であるセルダム教授と共に発見してしまう。それを皮切りに、殺人予告状と奇妙な記号を送りつけてくる犯人。その記号の意味は? 

南米アルゼンチンから届いた奇妙なミステリ。とは言っても別にマジックリアリズム系とかそういうわけではなく。おそらく本書は数学者でもある著者が、自らの経験やらを投影して書いた作品だと思われる。その辺りは千街の解説に詳しいので省略。
やはり本書で目をひく部分は、日本の現在の本格ミステリとは関係なしに(もちろん著者が以下の日本の議論を知っていた可能性は否定できないが)後期クイーン的問題にアプローチしている点だろう。若干、意味合いが異なってはいるが、ゲーデルらを引いてきて数学と犯罪のアナロジーについて語っている辺りはまさに法月の「初期クイーン論」と重なる射程を持っている。
【以下、真相を予想させる記述あり】
単純に事件の真相だけを見ても、解説で言及されている通り、最近になって新装版が刊行されたアメリカのあの著作と同じ構図ではあるし、またそれだけでなく例えば柄刀一の某作品とも重なるようなところがある。その意味で、これらの作品を知っている読者にとっては物足りなく感じる部分があると思う。それに、後期クイーン的問題に限ってみても、今となってはそこまで先鋭的なことを行っているわけでもない。しかし仮に著者が全く日本の文脈に関係なく、こうした問題意識を描いたとしたならそれは面白いことだと思う。
というよりも、この作品は90年代本格ミステリの問題意識をかなり凝縮したものとして読めるのではないか。簡単かつ具体的に言っておくなら、それは偶然に魅せられる犯人であり、探偵/犯人の特権化と失墜である。こうした作品が出てくるのは非常に興味深いと思いつつ読みました。