『モロッコ水晶の謎』有栖川有栖

モロッコ水晶の謎

クイーンに倣った有栖川有栖の国名シリーズ第8作。かつて「助教授」のあだ名で人気者だった俳優の誘拐事件の裏で進められていた悲劇―「助教授の身代金」。あたかもクリスティの『ABC殺人事件』をなぞるかのように進行していく連続殺人事件―「ABCキラー」。有栖川が招かれた大型書店社長宅でのパーティで起こった毒殺事件。しかし特定の人物を狙って毒を盛るのは不可能な状況だった―「モロッコ水晶の謎」。他、掌編一遍を含む全四編から成る短編集。

身代金誘拐のバリエーションの一つとミステリ的なバリエーションを組み合わせて若干、新しい見せ方になっている。とは言うもののやはりそれぞれのバリエーションに目新しさはない。そうしたものを組み合わせて巧く短編を作る辺りはこの作者らしい。

  • 「ABCキラー」

クリスティ「ABC殺人事件」ものの新機軸。その点はシンプルではあるけれどそこに至るまでが少しややこしい。作中で何度か言及されることもあってか読後感の悪さは「絶叫城殺人事件」を思い起こさせる。もう少し全体をシンプルにしてほしかったとも思うけれど、ABCものを読んで感心したことはあまりないので自分の中では割と高評価。

  • 「推理合戦」

ノベルスでわずか4pほどの掌編。評価の仕様がないけれど、最後のオチはなかなか好きかも。

どうした有栖川。いや駄作ってわけではなく、こうした作品を書くことが少し驚き。確かにこの論理は一定の有効性を持っていて、作者があとがきで言っているように「ありそうで、ない。なさそうで、ある。そんな〈本格ミステリ領域〉ならではの味」がある。近い味わいを持っているのは山ロ・雅也のキッドピス・トル・ズシリーズ(余計な点はキーワード対策)か。あれと比べると少し弱いことは否めないけれど、意外なところを衝かれてうれしい誤算。

集中のベストは、といっても三篇からだけどやはり表題作の「モロッコ水晶の謎」かな。感想を書いてから思ったこと。有栖川ってのはいわゆる初期クイーン的な、つまり因数分解とも言われるようなロジックを根本に据えた作品が主だったわけだけど、この短編集ではそれとは手触りの異なる方法に踏み出しているのかなと。それこそ「モロッコ水晶の謎」なんかがいい例。あと最初の二編からは最近の法月に似たものを感じる。様々なものを複雑に関係させることで事件の全容をつかめないようにするというところが。
そういえばあとがきで有栖川が言っている「150枚から200枚くらいが書きやすいネタをよく思いつく」というのは法月もどこかで似たことを言っていたような・・・最も彼の場合はこの長さじゃないと書けないというニュアンスだったかもしれないけど。