『水の迷宮』石持浅海

水の迷宮 (カッパノベルス)

第三セクターのお荷物施設から、現館長らの手で一躍、人気スポットとなった羽田国際環境水族館。三年前、残業中に急死した職員、片山の命日に事件は起こる。展示生物を狙った悪質ないたずらと共に届いた脅迫メール。職員たちが対応に奔走する中、その内の一人が不審な死を遂げる。果たして脅迫犯の仕業なのか、そして事件の鍵は三年前の片山の死にあるのか…?

KAPPA-ONEよりデビューし、第二作『月の扉』で『2004本格ミステリベスト10』の第三位を獲得した作者の最新作。今回は作者自身が好きだという水族館が舞台となっている。前二作にも窺えるひとまずは無理のなく見える状況設定、ロジックの組み立て方は今作でも継承されていて全体として地に足のついた物語が展開されている。前作に比べて若干地味な印象はあるが、メールからの推理やそれに伴う論理展開は隙が少なく、やはり上手い。しかしこれはあくまで本格ミステリとしての形式から見た場合であって、作品全体となると微妙な読後感。もちろんこれは人によって感想は異なる部分だとは思うんだけど僕はこの人の書く、というか思い描いているような理想に共感できない。前二作はまだ状況がかなり特殊なものだったため、そうした部分が上手く覆い隠されていたけれど今作では状況設定が少し(今僕たちのいる)現実に近付いてきたため、その理想がストレートに伝わってくる。以下ちょっとネタばれのため反転。
確かに片山の抱いていた夢は素晴らしいものだとは思う。想像して胸を躍らせたことは確か。しかしだからといってその夢を殺人者とその周りの人間に負わせてしまうことはその夢を抱いていた片山の存在を特権化してしまっていないだろうか。どんな夢であれ、また殺人の理由が何であれ、殺人の責務を夢の実現にすりかえることは間違っている。しかもそれが組織ぐるみで為されることはさらに納得できない。”胸を打つ感動”と帯にはあるが、そんな欺瞞によって生まれる感動があるというなら僕には必要ないものだ。
まぁこうした部分がどうもな、と感じたので本格ミステリの骨格は評価しつつ、今年のベストには入れなかった。