『アルファベット・パズラー』大山誠一郎

アルファベット・パズラーズ (ミステリ・フロンティア)

e-NOVELSで『彼女がペイシェンスを殺すはずがない』(傑作です)によってデビューした作者の初単行本。あるマンションの四人が事件に関わる「Pの妄想」「Fの告発」「Yの誘拐」の三作からなる短編集。

  • 「Pの妄想」

家政婦によって毒殺されると思い込み、缶入りの紅茶しか飲もうとしない老婦人。しかし彼女は毒入りの缶紅茶によって殺された。誰がどのようにして彼女を殺したのか。

冒頭を彩る一編。堅実なフーダニットかと思いきや、その根幹にあるのは一つの大きな着想。探偵役のロジックはどこかチェスタトン、亜愛一郎を思わせる逆説からスタートする。まずは小手調べの一編といったところ。それでも実にそつなく仕上がっているが難を言うなら少し着想が突飛過ぎるところと、そのせいで話に合わないように感じられるところかな。

  • 「Fの告発」

美術館で起こった殺人。その現場は指紋登録制の最新セキュリティ設備によって、被害者を含めた四人しか出入り出来ない部屋だった。しかし容疑者の三人はいずれも何らかの理由で殺害が不可能だった――。

これも「Pの妄想」と同じく、単純なフーダニットと思わせておいて犯人特定のロジックとあるトリックとが抱き合わせになっている。「なぜ犯行の通報は遅れてなされたのか」という疑問をあらかじめ提示しておきそこから読者の一歩上を行く論理展開が素晴らしい。ロジックにも無理がない好編。

  • 「Yの誘拐」

息子が誘拐され、身代金を持っていったにもかかわらず身代金と共に子供を爆殺された男。12年後、男が残した事件の顛末を記したHPから、四人はその事件の真相を推理しようとする。

これは傑作。中篇といっていい分量だけど、この長さでここまで翻弄されるとは。ほんとに無駄な部分がなくて、道具立ても完璧だと思う。結末もそこに持っていきますか!と目から鱗、かも。いやこれは今年の短編、中篇の中じゃ珠玉の出来じゃないかな。
以上三編、どの作品も捻りの効いた部分からの論理展開がなされていて実に上手い。これは早くも次回作に期待ですよ。頭の先から尻尾までどこを切っても本格ミステリ。「これぞ本格ミステリ」という帯に何ら偽りなし。本格ミステリ好きを自認するなら必読。問題はこの時期に発売で今年のベスト10にどこまで食い込んでくるかですね。僕はベスト5に入れそうな勢い。