鳥飼否宇『異界』  ≪評価:3+≫

異界
前作『樹霊』が本格ミステリ大賞候補にもなった鳥飼否宇の最新刊は、奇妙な味とも言うべき作品とオーソドックスな作品という二つの軸を持つこの作者において、どちらかというとオーソドックスな路線に位置付けられる作品と言える。とはいえ、最後に若干の衝撃(最後の一撃系ではない)wがあるんだけど。
探偵役は「知の巨人」とも称されるあの南方熊楠本格ミステリにおいて、歴史上の著名な人物を探偵役に据えることは常套手段とも言えるけれど、熊楠を用いたミステリはあまり見たことがない。『奇偶』に本人て出てきたっけか*1。内容については、さして複雑な内容ではないけれど、ところどころ非常に興味深い箇所がある。以下、真相に言及します。
一読して読者が考えるのは、近代と前近代の関係であって、それは新暦と旧暦という非常にあからさまな挿話のみならず、事件の真相にも深く根をはっている。村や町に暮らす住人とサンカとの関係や、憑き物という解釈体系と熊楠が解き明かす狼少年、あるいは狂犬病という真相の関係・・・。これらが上手く繋がれており、すっきりとまとまったものになっている。ついでに言うと、近代前近代の関係といい、血縁関係がポイントの一つになるところといい、作者なりに横溝を意識しているのかなとも思ったり。そして依田医師の性別をサラッと誤認させ、それを引っ張らずに割りと早い段階で明かしておき(つまりあまり重要でないようにも装っておき)つつも、真相でそれが重要なポイントとして意味を持ってくるなんてところは、小技の扱いが非常に上手いなと。傑作とは呼べないものの、手際のいい作品で佳作だと思う。以下は例によって放言。
しかしそれと同時に見逃せないのが、「世界は名前から始まる」という序章における熊楠の思考だろう。名づけ得ぬものは世界ではないというそれは要するに世界から「外部」を放逐しようとする試みとも読めるけれども、ここを読んで想起されるのは「雑草などという草はない」と言ったとされる昭和天皇の発言であり、そこから日本には既にいないという狼と、それをご神体にしているという遠賀美神社(さらに言うと熊楠はそのご神体を「鏡」と間違える)、こういった点から何か言えないかと思ったけど何も思いつかない。探偵小説と天皇制の関係って何か研究されてたりするんだろうか。暇なときに図書館行って調べてみよ。

*1:検索をかけてみると辻真先が『超人探偵 南方熊楠』という作品を書いていた。他にもあるのかな。