浦賀和宏『八木剛士 史上最大の事件』 ≪評価:3+≫

八木剛士史上最大の事件 (講談社ノベルス)
松浦純菜シリーズ第四作。うむむ、これは紛うことなき「八木剛士 史上最大の事件」である。前作で大きくミステリの体裁を踏み外しつつ題名によって逆説的にもそこに浅くつかっていたこのシリーズもとうとうミステリから浮遊し、もはやその照準は八木と松浦の関係性のみに合わせられる。そこで語られているのは、ある女性を運命の女性と思い込んだ一男子高校生の内面であり、運命と思い込むからこそ周囲の状況と彼女は際限なく対比されていく。つまりはこれは広義のメロドラマ的構図になっていて、その意味では実にまっとうな恋愛小説であり青春小説であり、逆に言うならばその部分だけでは評価しにくいものではあるのだけれど、それでもシリーズの行く末という興味とこの前作に比べるならば落ち着いたと言える語り、そしてメロドラマ的二項対立という構図を飛び出しかねない一方の過剰さなどによって、シリーズの繋ぎのような作品になることをかろうじて回避しているように思う。このメロドラマ的二項対立という構図は、基本的にこのシリーズでは保持されていておそらくはそれがこのシリーズにおける一つの狙いなのだろうとも思うのだけれど、端的に言ってしまうならば弱者と強者という対立を描いているわけだ。いくら弱者のルサンチマンに満ち満ちた内面描写があろうと一方でそんなものが何の意味もない理不尽さが描かれ、それに対するルサンチマンが…、というように弁証法的に物語が引っ張られて行く。前作の結末はそうした構図を微温的に温存しながらのもののようにも見え、その部分が実は一番引っかかっていたのだけれど、今作では前作のそんな結末は知ったことかとばかりに忘却され、より二項対立の構図が強調されていてしかしそれとは関係のないようにも思えるような徹底した描写の語り、その点こそが次作への期待でもあるのだ。
あ、ミステリ的興味、というよりもここまで来るとシリーズ背後に隠れているものへの興味と言った方がいいか、はわずかの情報があるだけで、まぁおそらく人物誤認のトリックを仕掛けるんだろうなということはわかるものの、これも次作待ちということになる。