『迷宮学事件』秋月涼介 ≪評価:3≫

迷宮学事件 (講談社ノベルス)

「迷宮と迷路は、解釈的には、全くの別物だということになる訳だね」。建築家、東間真介の自宅地下には迷宮が作られていた。七年前、彼は密室となった迷宮内から消失する。赤子の死体を残して・・・。同時に地上部分でも密室内で死んでいる彼の妻が発見される。これら事件の謎は?

今は懐かしい講談社ノベルス20周年記念企画”密室本”の一冊として刊行された、第20回メフィスト賞受賞者の第2作。
むぅ、実は長らく積読していたこの作品を読んだわけだけど、なかなかに評価が難しい。おそらくこの作者が本格ミステリジャンル内での「脱格」系議論に組み込まれそうな組み込まれなさそうな微妙な立ち位置は、受賞作とこの作品の乖離具合から来てるんだろう。というのも、受賞作『月長石の魔犬』はいわゆる「本格形式を前提としつつ、形式から逸脱していくタイプの作品」*1だったわけだけど、今作は90年代本格ミステリの特徴を教科書的に再生産したような作品に仕上がっているから。つまり簡単に言ってしまうと、この作品では「迷宮」と「迷路」に関する一人の建築家の思想と衒学趣味的な薀蓄を重ね合わせ、さらにそのことが事件の真相と不可分な形で関わっているという形を取っている。そして謎解きで明かされるもう一つの真相、ある人物の意思が事件を開始させていたという操りの構図。これはもちろん巽昌章が指摘している「大きな構図、もしくは世界観の追求」ということと「全ては操られていたのだ」という二点*2と見事にリンクしている。そうした意味ではそれなりにしっかりとした手続きが踏まれた本格ミステリとなってるけれど、おそらく枚数制限があった密室本のため、ちょっと中途半端=縮小再生産的な感はある。また笠井・巽的な状況論に則して言うなら、2002年にこうした作品を出すということはあまり時流と噛み合っていない。ということで冒頭の評価が難しいという点に戻ってくるわけ。ただまたもや状況論的に言うなら、そうした笠井・巽的な認識をよりはっきりと浮かび上がらせるものとして、面白いんじゃないかと。三作目も未読だけど、こちらは一作目の続編のような体裁になっているようなのでこちらも早めに読んでみるつもり。

*1:笠井潔本格ミステリ地殻変動は起きているか?」参照

*2:巽昌章「論理の蜘蛛の巣の中で」or「本格ミステリ往復書簡」参照