『未明の悪夢』谺健二 ≪評価:4−≫

未明の悪夢 (光文社文庫)

1995年1月17日午前5時46分、兵庫を震度7地震が襲った。多くの建物や道路が崩壊し、避難所や公園で生活せざるを得なくなった人々。それは未明の悪夢だった。そんな一人である私立探偵有希真一は知り合いの刑事、鯉口から震災直後から発生している奇妙な連続殺人事件を知る。これまでも鯉口の相談を受け、いくつかの事件を解決してきた占い師、雪御所圭子と事件について調査しようとする有希だったが・・・。

ある朝突然、五千人も人が死んだ街で、たった三、四人の生き死ににこだわることが、一体どれほどの意味を持っているというのだろう。(中略)こんな時だからこそ、わずか数人の生き死ににこだわる意味があるのだ。(226p)

第七回鮎川哲也賞受賞作。再々々読くらい。梗概を見てもわかるように阪神大震災後の神戸を舞台にしたもので、言ってしまうなら笠井潔の大量死理論にそっくり当てはまってしまうような構図を持っている*1。震災によって生まれた大量の匿名の死。主人公は時に批判されながら*2、その中で数人の生死を調査することに意味を見出していく。ただしその意味付けはあまり上手くいっていないように思う。というのも主人公が意味を見出すのは倒壊した建物から以前の人々の生活を思い起こすからで、それは完全な匿名の死とはなり得ないんじゃないだろうか。
また笠井も論じているように、この作品では冒頭で第二次大戦と阪神大震災が重ね合わされている。

それは一九四五年八月十五日以降に生まれた人間たちが、初めて投げ込まれた迷宮だったのかもしれない。(7p)

しかし作者がさらに事件をそこに重ね合わせようとしている点も見逃せない。主人公の有希は事件の結末場面に震災の風景を重ね合わせている。こうした三重化の試みは面白いと思った。
あの震災を描いた作品としていい作品だと思うけれど、一方で単純にミステリとしてみた場合は少し弱い。いくつかのトリックは震災だからこそ、というもので上手いけれど逆に言うならそこから逆算するとかなり構図が透けて見えるものだし、犯人特定にしても事前に提示されていない情報を探偵役が使っている。その辺りが残念ではあるかな。あ、引用元は創元社のハードカバー。画像は光文社文庫版。

*1:現に笠井は『物語の世紀末』で今作を論じている。

*2:この批判を作中に出すことで一定の作品強度も持っているという笠井の指摘は納得できる。