『弥勒の掌』我孫子武丸

弥勒の掌 (本格ミステリ・マスターズ)
≪評価:4≫

過去に教え子と関係を持って以来、辻恭一と妻との間は冷え切っていたが、ある日その妻が突然姿を消す。家を出て行ったのか、それとも何か事件に巻き込まれたのか。調査を始めた彼は妻が〈救いの御手〉という宗教団体と関わりがあったことを知る・・・。
ベテラン刑事の蛯原はやくざと手を組んで私腹を肥やしていたが、ある日妻が殺されると同時に汚職の疑いをかけられる。身柄を拘束される前に妻を殺した犯人を見つけようとする彼だが、妻が〈救いの御手〉に入会していたことを知り、彼らのことを調べ始める・・・。

我孫子武丸、なんと13年ぶりの書き下ろし長編。綾辻や法月が目立ってて気付かなかったけど我孫子も出してなかったんだよな。まぁ書き下ろしが13年振りなので連載長編はあったわけですが。こう書くと彼の代表作『殺戮にいたる病』の名を出すことが出来るからなんでしょう、ずるい上手い。いやしかしこの作品は、綾辻、法月がそれぞれ彼ららしい長編を去年刊行したのと同じように実に我孫子らしい作品になってると思う。重厚ではない厚さと文体。少し乾いた笑いの供給などなど。ミステリとしても上手くまとめているし非常に満足のいく内容だった。
【以下ネタバレあり】
やはり叙述に仕掛けがしてあるわけだけど、その絡ませ方と見せ方が実に上手い。
名前と苗・字を誤読させるやり方は特に目新しいものではないけれど、まず辻パートと蛯原パートを分けて書き、途中から彼らを出会わせることで最初のわずかな時間の誤差を読者から隠してしまっている。あたかも作品内の物語が始まる前に蛯原の妻が殺されているような印象を読者に与えることに成功しているわけ。さらに叙述の仕掛けはもう一つあってそれぞれが視点人物であっても、その全ての行動を書いていないこと。この視点人物=犯人も珍しくないけど、ここでは二人の視点人物がそれぞれ犯人であり、お互いに犯人を探しているという構図の勝利かな。一歩間違えたらコメディだけど。
ラストの処理の仕方は少し甘いかもしれない。警察が捜査始めればさすがにばれると思うんだが。そんな無理矢理も含めたブラックなオチってことなのかな。