『螢』麻耶雄嵩

螢

オカルトスポット探検サークルの6人は京都の山中にあるファイアフライ館に来ていた。そこは過去に加賀螢司という音楽家の手で、6人が惨殺されたという曰くつきの館で、その後サークルのOB、佐世保が買いとり、去年から肝試しの場として使われていた。半年前にメンバーの対馬つぐみが、連続殺人鬼”ジョージ”によって殺された動揺を抱えながらも過去の殺人事件と同じ日時に肝試しを楽しむメンバー6人。しかし翌朝、佐世保が他殺死体で発見される。折からの豪雨で館に閉じ込められる一行。そして幽霊のように現れる女。果たして事件の犯人は。さらに女の幽霊や半年前のメンバーの死は関係しているのだろうか。

ついに麻耶の新刊が刊行。早速、読了してしまいましたよ。ううん、どう言えばいいのかね。相変わらずひねくれてます。しかも本格ミステリのコアから外れずに。ちょっとこれはネタばれ抜きでは感想を書きたくないかも。よって未読の方はご注意を。いちお、背景色にしますが。
まずやっぱり視点人物を誤認させる叙述トリックですか。まぁこれについてはわりと早い段階で気付く人も多いはず。普通、諫早の視点で語られてると考えると明らかに長崎の描写が少なすぎるから。でも再読してみるとなかなか巧く隠されてることがわかる。最初の導入部分なんかも巧いし何より諫早と千鶴の会話部分。ここは千鶴の部屋での二人の会話を、長崎が盗聴しているという場面なんだけど、きちんと二人の描写は音からわかることに限定されてるし、そこに長崎自身の考えが入りこむことでその不自然さを目立たなくしてる。中でも197pのラスト2行は巧いなぁ。この部分については少し後で。
で、次に別の叙述トリックについて。これは登場人物の一人、松浦がメンバーに自分を男性と偽っていたというもの。でも長崎は調べて松浦が実は女性ということを知っている。つまり長崎の視点で語られているこの話では松浦はちゃんと女性として描写されるわけですな。でも他のメンバーはそれを知らない。だから細かく読めば長崎の叙述と他のメンバーの発言の間に齟齬が生じてるんだけど。でさっきの197pの部分なんだけど、ラスト2行はこう。

「・・・・・・先走っちゃダメだよ。千鶴。先走っちゃ」
 ベッドに横になり優しく囁きかけた。

ここを読んで読者は特に違和感を感じないと思う。千鶴(松浦)は女性として描写されてるし諫早は男性なんだから、ちょっと唐突だけどやっちゃうのね、と。まぁこうした異性だから…という決めつけ?は非常にまずいことではありますが。でもよく読むと諫早はそれまで松浦のことを(男と考えてるから)千鶴とは呼んでいない。それは視点人物が実は長崎だと早い段階で見抜いていた読者も同じで、つまりここにこの作品のトリックの肝が埋め込まれてるわけ。二つの叙述の仕掛けを見抜いてさらに千鶴の部屋を長崎が盗聴しているとわかって初めてこの部分がすっきりと理解できるようになる。そうわかると、別に千鶴と諫早がよろしくしてたんじゃなく、単に長崎が寝転がっただけになって唐突さがなくなる。それと千鶴の性別誤認がそのまま犯人を導き出すロジックになるところも○。厳密じゃないけど。この読者が真相を知っていて、登場人物が知らないことで逆説的に叙述トリックを仕掛けるというのは面白い。たぶん叙述の仕掛けの幅を広げれば作中作なんかを使ったのがすぐにいくつか出てくるけど性別誤認を使ったこの種の仕掛けはあんまり見られないんじゃないかな。麻耶の麻耶たるところでしょうか。
なんだかべた褒めしてるようだけど、麻耶の中では評価は最高ではないかな。やっぱり麻耶にはもっともっとひねくれたことを期待してしまう。今回はちょっとストレート過ぎるかも。かなり複雑なことしてるけど麻耶の他のに比べたら。まぁこれで結構、まともに見えてしまう麻耶も麻耶ですがね。でも最後の〆方はいい。『木製の王子』らしく救いがあまりない。ちょっと反転。生存者一人って誰なんだろ?「女性一人の身元が不明」云々の部分から推測できるのかなと思ったんだけど、どうも確定は不可能っぽい。もうちょっと精読すればわかるのかな?ここからは妄想半分で。
作品中に出てくる「二十年前に一家皆殺しがあった和歌山の廃屋」ってのはもしかすると『鴉』の舞台では?『鴉』の舞台の村って明記されてたっけかなぁ。暇な時に読み返してみよう。あ、それとメルカトルの出てくるどれかに和歌山の旧家での連続殺人を解決とかいう記述がなかったっけ。数行触れられているくらいの。でも皆殺しじゃなかったと思うんだけど。あと帯と本文中に致命的な誤植が。帯の殺人鬼”ジョニー”って誰だよ(笑)それと諫早と話してる時の千鶴のセリフにも変なのがあったし。ちゃんとしてくださいよ、幻冬舎さん。あ、もしかしてそこから事件の裏の真相が明らかに!?・・・・・・んなバカな。