INU『メシ喰うな!』 ≪評価:5≫

メシ喰うな
いわずとしれた町田康、否、町田町蔵率いるバンドの名作。実家の整理をしてると飛び出してきたので久しぶりに聴く。北澤組と組んで出したCDほどに歌詞に独自性は見られないものの(やはり『腹ふり』はすさまじい)、やはりところどころに顔を覗かせる町田節は楽しい。しかし何よりこのCDで輝きを放っているのはギターの音色。一曲目冒頭から流れ出すギターフレーズは一度耳にすると離れなくなるまでに求心力があり、ひとたびギターに耳を持っていかれるとギターが前景化しない曲が若干、色あせて聴こえてしまう。それでも町田ボーカルの様々な歌い方でもってはいるけれども。いやしかし今聴いてもやはりこれは名作。町田の今にも喰いつきそうな目の黒と黄色い背景色のコントラストが光るジャケも素晴らしいね。

相対性理論『ハイファイ新書』 ≪評価:5≫

ハイファイ新書
『シフォン主義』で一躍、有名になった彼らの新作。とりあえず「LOVEずっきゅん」をニヤニヤしつつ聴いていたらいきなりギターやベースが跳ね出す後半の展開にやられてしまって、「スマトラ警備隊」で彼らを全肯定することになった僕ですが、今作はそうしたインパクトのある曲は影を潜め、全体的にミディアムテンポが貫かれている。いやしかしこれが非常にバランスがいい。ギターがちょっとニューウェイブ的でなかなか油断できない展開を見せつつ、でもその音は鋭く鳴らされずにクリアトーンで自己主張がそこまで激しいわけではなし。その後ろで鳴っているベースはしっかりうねってるし。メロディはどこまでもポップで、そこに乗る歌詞は相変わらず語感の良さだけで選ばれているような不条理なものでありつつも、このボーカルが歌ってこの曲にはめ込まれるとなんだか風景が見えてきそうな感じがして妙にはまってる。とりあえず「地獄先生」のサビとかで出る、声がかすれる瞬間はエロい。全9曲で30分強というボリュームもいい感じ。

東浩紀のエントリでなんだか盛り上がってるようで。とりあえず1から3までは立ち位置的にも論理的なことを言ってるとは思うけれど。そのことに問題があるかどうかはさておき。4,5についてはナイーブなことを言っているなぁという。まぁそれが近年の東じゃないかという話はあるけれど。その程度の感想。とりあえず例の提示にゃ細心の注意を払いましょう、という話ですよね。違うかい。

初野晴『退出ゲーム』 ≪評価:4+≫

退出ゲーム
ふむふむ、ほうほう。実に真っ当かつ満足度の高い作品でした。
全四編から成る短篇集で、最初の二編は小手調べといった感はあるものの、解決に至る推理の前提となる部分のロジックが話を展開させる絶妙なフックとなっていて小気味良い。続く「退出ゲーム」は実に素晴らしい。短い中編ほどの長さでありながら、枠を二つ作り、最も内部の枠における解決(?)が外二つの物語を物語ならしめる、という構成はなかなかできることではないように思う。最も内部というのが「退出ゲーム」という一種の劇になるけれど、ここだけ見ても探偵の推理の恣意性こそが物語を展開させるという作者の意識が垣間見える。そして四編目は実は「退出ゲーム」と姉妹編とも言える構成。先ほどは「ゲーム」という形で探偵と同じ土俵に上がっていたワトソン役が、そこに上がっていなかったら、このような形になるという点で。
ちょっと探偵役が顧問の先生に恋しているという設定が何のためかわからなかったり、一話目で匂わせていたことが展開されてなかったりということがあったりするけれど、総じて気になるレベルではない。というか青春小説を標榜しているからこそ、先生と探偵、ワトソン役の三角形が要請されているんだろう、まさに大文字の「父」的な先生の立ち位置を考えると。これはまだ続編が書ける形なので、是非とも読みたいものです。

ソウル・フラワー・ユニオン『カンテ・ディアスポラ』 ≪評価:≫

カンテ・ディアスポラ
前作より三年振りの新譜。以下は放言。
思えばSFUの活動は、マージナルな存在への注意の喚起という大きな軸の周りを回転してきたわけだけれども、初期においてはそれがともすれば彼らの表象=代理を行ってしまうという、例えばスピヴァクが真っ先に噛み付きそうな危うい構図を持っており、しかしある種の祝祭空間とでも呼べるトポロジックなものとして自らの活動を提示しようとすることで進んできた。しかし前作から彼らが意識的か無意識的かはさておき顕著にさせてきた、抽象的には「やさしさ」とでも言うべき手触りは今作に至ってはアレンジ及び歌詞までをも飲み込んでいるように思える。それはあえて言うならばマジョリティに対してのマイノリティではなくして、いわば「マイナー」なものを全面化させようという試みと解せなくはない。実際、先行シングルの一つである「ラヴィエベル」ではまさしく「生」が全面肯定され、「海へ行く」ではまさに「生」としての「海」が目指されている。その意味で今作において全面化した「やさしさ」は感動的なものではあるけれど、しかし同時に前作などでは共存しせめぎあっていたかのように聞こえた、その内部での衝突は薄れてしまっているように感じる。「ロックンロール」がその名の通り「ロック」と「ロール」という全く異なるものを同居させ、その葛藤のせめぎ合いにおいて捉えるべきものであるならば、そのせめぎ合いはここにおいて若干、身を潜めてしまってはいないか。ディアスポラはマジョリティに対抗する概念ではないけれど、それでもそれと無関係に存在しているのでもない。マジョリティを組み込んでこそのそれだろう。なので個人的に前作の方がよかった。とはいえ「海へ行く」や「閃光花火」といった曲の素晴らしさはいささかも揺るぎはしないし、「ラヴィエベル」のサビで音がどっと流れ出す瞬間の高揚感もまた素晴らしい。

東野圭吾『聖女の救済』 ≪評価:4≫

聖女の救済
上手い。前作にはインパクトという点では劣るものの、なかなかの大技トリックを見事に長編に仕立て上げている。ドラマ(及び映画)における設定をさらりと取り込む辺りもまた上手い(ただ福山云々の部分はあざとすぎる気も)。しかし何より今作は構造的に前作よりも練り上げられている。

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ミニコメ

東野圭吾流星の絆』【評価:3−】
この作家にとってはアベレージか。もう少しメロドラマに対する距離感が欲しかったところ。逆にそここそがドラマ化の要因か。事件の真相に関しては程よい距離感≒ドラマに奉仕させない真相が取られていて○。

東野圭吾『夜明けの街で』【評価:2−】
不倫と事件を絡めて、双方から距離感を取るという作者らしい手法は見られるけれど、あっさりしすぎていて軸となるものがなくなってしまった感じ。不倫に過大な期待やカタストロフを求める流れに対しての距離感という点では成功。でも薄味すぎる。

とみなが貴和『EDGE』【評価:3】
作家の出自を知っていれば、地に足つけたプロファイリングとファンタジー・SF的要素が同居する点にも驚きはないけれど、若干浮いて見えるのも確か。登場人物の関係も含め、今後のシリーズでどこに重きが置かれていくのかが楽しみ。つかシリーズ完結してるけど。

雫井脩介『虚貌』【評価:2】
テーマとしての〈顔〉とトリックとしての〈顔〉の相克がポイントというのはわかるけれど、もう少し安易な構築に走らずに、むしろその部分に重きを置いてくれるとよかったのでは。様々な方法で伏線を張ろうとしていることは評価できるけれど、伏線だけでは説得力は生まれない。人間ドラマとトリックを関連付けるのであればそこを疎かにはできないはず。

・佐藤嘉幸『権力と抵抗』【評価:5+】
東浩紀存在論的、郵便的』(1998)から10年、構造主義からポスト構造主義における現代思想を捉えなおすという問題意識は基本的に同じくしながらも(ちなみに著者は東と同年齢)、〈権力〉と〈抵抗〉という、より切実かつ広い視野において、〈抵抗〉を考えるという基本書であり必読書。主体と構造の生成変化という区別によって、フーコー/D=Gとデリダアルチュセールという軸を立てている辺り、基本的かつ上手くて嫌になる。大学学部生にはもれなく読ませるべきで、というか近年の大学院生は勉強しないので大学院生にも読ませるべき好著で、さらに言えば主体化しなけりゃならんなどと声高に叫ぶことが支持を集めてしまう現在において、その危険性を考え直すためにも読まれるべき。やはりこの道を歩んでいる研究者としてバトラーの重要性(↓参照)が再確認される。

ジュディス・バトラー『自分自身を説明すること』【評価:5+】
責任のために主体化するのではなく、主体化にいかないからこそ責任が生じる、主体と責任の問題を転倒させることによって開かれる希望の道。フーコーを基本に、ほとんどドゥルーズ=ガタリ的な発想を展開しつつ、それをアルチュセール精神分析とも繋げていくという極めて高度でスリリングな議論はやはり必読。